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医療コラム

🩺ムダ医療の正体と「何もしない勇気」

――ホリエモン氏の“ムダ医療論”にインスパイアされて考える、日本の医療と文化のこれから

※本記事は、実業家・堀江貴文氏の発言をきっかけに、医療制度や文化的背景を医師の立場から考察したものです。一般的な情報提供および筆者の見解を含み、特定の診断・治療・受診を推奨するものではありません。

「日本の医療費は5~10兆円をドブに捨てている」。実業家の堀江貴文さん(ホリエモン氏)がそう語った記事が話題になりました。👉 当該記事(現代ビジネス/Yahoo!ニュース)

刺激的な見出しですが、医療の現場にいる私自身も、思わず考えさせられました。確かに、風邪に抗菌薬(抗生物質)を出したり、軽い頭痛でCTやMRIを撮ったり――医学的に見ると“必要性の低い医療”が存在するのは事実です。けれども、それを「医者の怠慢」や「患者のわがまま」と片づけてしまうのは違います。そこには、日本という社会の構造・文化・そして“安心”をめぐる心理が深く関わっているのです。

1. 合理化 ― “ムダを減らす”のは世界共通のテーマ

医療の無駄を減らそうという動きは世界中で進んでいます。アメリカでは2012年からChoosing Wisely(チュージング・ワイズリー=賢く選ぼう)が始まり、「風邪に抗菌薬を使わない」「軽い頭痛でCTを撮らない」など、700件を超える“やらなくてよい医療行為”を公開しました。

日本でも2016年にChoosing Wisely Japanが発足し、2025年現在では33項目の“低価値医療”がリスト化されています【1】。つまり、堀江さんの主張する「ムダ医療を減らせ」という方向性そのものは、国際的にも正しい流れです。

ただし、「削減」だけを目的にしてしまうと本質を見失います。医療の目的は、数字を減らすことではなく、患者さんを守ること。合理化とは、限られた資源の中で、より多くの人の健康を支えるための“工夫”であり、「費用を減らすこと」自体がゴールではありません。

なお、「医療費の5~10兆円がムダ」という数字は、厚労省の正式な統計ではなく、民間の政策研究機関による試算に基づいたものです【6】【7】。数字のインパクトだけに流されず、「なぜそう見えるのか」を冷静に考えることが大切です。

2. 構造 ― “過剰医療”を作るのは誰か

(1)頭痛と「安心のための検査」

救急外来でも、街中の脳神経内科でも、「頭痛」で受診される方は非常に多いです。ほとんどの場合、問診と診察で危険な病気を除外できます。それでも多くの患者さんが検査を希望し、「脳に異常がないことを確認したい」と来院されます。

もし医師が診察のうえで「検査は不要ですよ」と説明すれば、「じゃあ、何しにここへ来たんだ」と怒りをあらわにされる方もいます。口コミサイトで低評価を受けるケースも珍しくなく、医療現場ではその対応に苦慮します。

こうした現場を見ていると、“過剰医療”は医師の怠慢ではなく、安心を求める社会の構造そのものだと感じます。「検査してもらうこと=良い医療」という思い込みが、医師に防衛的医療を促し、結果として“ムダ”が生まれてしまうのです。

(2)インフルエンザ診療に見る日米の違い

日本では、家族の中にインフルエンザが出ても、本人に発熱や咳が出た時点であらためて医療機関を受診し、検査をして「陽性」と確認されてから抗ウイルス薬(一般的に使用される薬剤)を処方するのが一般的です。近年は流行期で症状が典型的な場合、「みなし陽性」として検査を省略して治療を始めるケースもありますが、基本的には「検査と薬」がセットで、“それを受けて安心する”のが日本の文化です。

一方、私が米国内科専門医(ABIM: American Board of Internal Medicine)資格更新試験の模試を受けた際の設問では、正解がまったく違いました。設問は――「家族がインフルエンザ。自分も発熱と咽頭痛があるが、持病はない。この場合の対応は?」。正解は、『検査不要・抗ウイルス薬不要・必要なら市販薬(OTC)で対症療法を行う』。つまり、「検査をする」「抗ウイルス薬を出す」は誤答なのです。

アメリカでは「家族がインフルなら自分もインフルとみなす」が基本。検査も治療もしないほうが正しい。それは「軽症者への過剰な医療行為は、むしろ害を増やす」という考えが共有されているからです。一方で日本では、検査もせず薬も出さない医師は“冷たい”と受け止められ、場合によっては経営が成り立たなくなるほど。医療の質を決めるのは制度だけでなく、社会の価値観でもある――その象徴がこの違いです。

(3)広告と評価社会の影響

現行の医療法では「No.1表示」「体験談」「比較広告」などは禁止されています【2】【3】。けれども実際には、口コミやSNSの評価が強い影響力を持ち、「検査をしない」「薬を出さない」医師は“冷たい”と見なされる傾向があります。自由診療ではステルスマーケティング(体験談を広告利用)が依然として残り、法の理念と現場の空気のギャップが、医療の過剰化を後押ししています【10】。

3. 倫理 ― 医療の根っこにある「守る」という使命

(1)予防医療への投資

堀江さんの「ムダを削って予防に回せ」という意見には、大いに賛同できます。ただし、予防医療は効果が出るまでに時間がかかります。たとえば、生活習慣病の予防やワクチンによる感染抑制は、10年・20年というスパンでようやく成果が現れます。

ところが日本の財政運営は、「単年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化する」という方針を財務省が掲げています。つまり、1年ごとの収入と支出を均衡させる=その年に赤字を出さないことを最優先にする緊縮型の仕組みです。この考え方は、家計簿のように「今年の黒字」を守る発想に近く、長期的な効果が見込める政策であっても「いま支出を増やす」ことが難しくなってしまいます。

その結果、「将来の医療費を減らすために、いま予防に投資する」という考え方が制度的に取りにくく、どうしても「目先の支出削減」を優先する緊縮政策になりがちです。これが、堀江さんの言う“ムダを削って予防へ”が現実に進まない最大の壁です。

一方アメリカでは、高齢者のワクチン(インフルエンザ、肺炎球菌、帯状疱疹など)が原則無料で提供され、健康を保つこと自体を社会的投資とみなし、将来の負担軽減につなげています。この点は、当院の過去ブログ記事でも紹介しています。👉 オレゴンのメディケアと日本の高齢者医療費

(2)「見える化」の功罪

医療機関の検査率や処方率を可視化する動きは大切ですが、数字が独り歩きすると、医師が“訴訟を避けるために検査を増やす”逆効果を生みかねません。英国NICEの「Do not do(やるな)」リストのように、「保険で行うべきでない医療」を明確に示す仕組みは参考になりますが、日本では社会的合意を丁寧に重ねることが不可欠です。

4. 医療を守る三つの柱

  • 制度の見直し:診療報酬や広告ルールの再設計、データ公開の透明化
  • 患者さんの理解:「検査をしないこと」も医療の一部だという認識
  • 医師の教育:費用対効果と倫理を同時に考える訓練の強化

医療とは、人の不安を受け止め、命を守る仕事です。その根底には「信頼」があります。信頼を失った効率化は、結局のところ本当の合理化にはなりません。

おわりに

堀江さんの発言は、多くの人に“医療を考えるきっかけ”を与えました。けれども、医療の現場は単純な「正しい・間違い」では割り切れません。そこには、不安を抱える患者さん、責任を背負う医師、そして社会全体の“安心の形”が複雑に絡んでいます。

「ムダをなくす」という言葉の裏には、「何かしてもらわないと不安」という人の自然な感情があります。しかし、本当の医療とは、“何もしない”という選択を正しく判断できる力を含めたものです。「検査をしない」「薬を出さない」という判断を、社会全体が“冷たさ”ではなく“誠実さ”として理解できるようになったとき、日本の医療はようやく信頼にもとづく合理化へと進めるのだと思います。

※本記事は一般的な医療情報の解説および筆者の見解であり、個々の症状や治療の判断を代替するものではありません。体調や治療方針については、必ず主治医・医療機関へご相談ください。

参考

  1. Choosing Wisely Japan公式サイト(2025年更新)
  2. あきばれホームページ「医療広告ガイドライン解説」
  3. SRMK「医療広告規制まとめ(2025年)」
  4. クリニックナビ「医療広告のルール」
  5. PRESIDENT Online「NICEの“Do not do”の考え方」
  6. Yahoo!ニュース「日本医療再生計画」関連報道(2025)
  7. 集英社オンライン「医療費5兆円のムダ推計」
  8. 東京財団政策研究所「Choosing Wisely Japanとレセプト分析」
  9. niftyニュース「抗菌薬処方率に関する調査(2023)」
  10. 企業弁護士.com「医療広告とステマの境界」

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