2025/10/21
🩺健康はビルの高さで測れない
――都市の健康とは何か:ニューヨークの若き政治家ゾーラン・マムダニが問いかける、日本の医療と福祉の未来
イントロダクション|マンハッタンで学んだ「都市と健康」
ニューヨーク市マンハッタン。私にとっては単なる大都市ではなく、医師としての原点です。内科の研修医として過ごした日々、救急外来にはアルコールや薬物依存、HIV/AIDSなどで受診しても、帰る場所も頼れる人もいない人たちがいました。体を温める場を求めに来る人、治療や薬をもらう勇気が出ずに何度も出入りを繰り返す人。その姿に、都市の豊かさの陰が重なって見えました。
都市の健康とは何か――。それはビルの高さでも医療機関の数でもなく、人がどれだけ安心して歩き、支え合えるかで決まる。この思いが、ゾーラン・マムダニの思想と共鳴し、いまも私の診療の根底にあるのです。
🗽1|ゾーラン・マムダニという人物
2025年のニューヨーク市長選(投開票は11月4日)で、Zohran Mamdani(ゾーラン・マムダニ)は全国的な注目を集めています。1991年生まれ、現在33歳(2025年10月19日現在)の州議会議員であり、Democratic Socialists of America(民主的社会主義者)に所属。公共交通の無料化、家賃の凍結(上昇を一時的に停止する制度的措置)、保育の無償化などを掲げ、「福祉を支出ではなく尊厳のインフラにする」都市構想を訴えています。
(原文)“To make public transit free isn’t welfare — it’s infrastructure that lets every person live with dignity.”(訳)公共交通を無料にするのは“施し”ではなく、誰もが尊厳をもって生きるための基盤だ。
マムダニ氏は、福祉を「支出」ではなく「社会の血流」として捉えます。人々が通勤や通院、子育ての場にアクセスできる――それ自体が都市の健康を支える基礎だというのです。
🚍2|“尊厳のインフラ”という視点
病気を治すだけでは、人は健康になれません。通えること、働けること、支えを得られること――それが尊厳の条件です。
日本でも、横浜市の「敬老特別乗車証(敬老パス)」制度は、単なる高齢者支援を超え、公衆衛生の重要なツールとなっています。2024年度の横浜市健康福祉局分析資料(令和6年8月報告)によると、パス保有者は未保有者に比べて外出頻度が高く、毎日1時間以上外出する割合が約1.2倍(51.5% vs 40.7%)であり、継続保有者では要介護認定リスクが約10%低い(オッズ比 0.907[95% CI 0.890–0.925])と報告されています(分析PDF)。
こうした結果は、外出機会の確保がフレイルや介護予防に資する可能性を示唆しています。本稿で述べる「健康モビリティ(Mobility for Health)」とは、“移動”を健康維持の要素として再定義する社会的概念です。オランダや北欧では、自転車や公共交通を健康政策の一部として統合する取り組みが進んでいます。移動しやすい社会は、医療提供の外側にあるもう一つの健康インフラであり、今後は、厚生労働省と国土交通省という、異なるインフラ領域が連携する政策検討が期待されます。
🏘️3|医療とケアで安全をつくる都市――「警察」だけにしない
マムダニ氏は、2020年の警察批判ツイートをめぐる議論の後、こう述べました。
“The issue was never about people — it was about practices.”(訳)問題は「人」ではなく、「やり方」にあった。
当時、米国では「Defund the Police(警察予算の再配分)」が大きな議論となっていました。マムダニ氏は警察の存在自体を否定するのではなく、一部の機能を医療・福祉領域へ再配分すべきだと提案しました。精神疾患、薬物依存、ホームレスといった課題を治安ではなくケアの問題として扱う――その思想の延長にあるのが、「コミュニティ・セーフティ省(Department of Community Safety)」の構想です。
彼が提唱するこの制度的枠組みの背景には、米国オレゴン州ユージーン市で40年以上続いたCAHOOTS(Crisis Assistance Helping Out On The Streets)プログラムの存在があります。
CAHOOTSは、911通報のうち非暴力・精神的危機・薬物使用関連などを警察ではなく医療・心理職が対応する仕組みで、看護師とクライシスカウンセラーが無線で出動し、必要に応じて医療・福祉につなぐというものでした。長年にわたり、年間の通報案件の約20%を警察介入なしで処理し、地域治安と公衆衛生の両立を実現してきたことで知られています。
2025年4月時点の情報によると、ユージーン市でのサービスは終了しています(White Bird Clinic – CAHOOTS Program)。ただし、近隣地域(例:スプリングフィールドなど)では運用が継続しており、このモデルの理念――「警察に代わるケア主体の危機対応」――は、今も多くの自治体で検証・応用されています。
日本でも、保健師・精神保健福祉士を含む地域危機介入チーム(CIT)の試行が進みつつあり、「治安」と「ケア」を分けないという発想が、今後の地域包括ケアにも不可欠な視点となるでしょう。
🏦4|医療財源の前に、「何を残すか」を決める
“What matters most is what we fund, not how we fund it.”(訳)重要なのは、どう集めるかではなく、何を支えるかだ。
日本の医療・福祉でも、まず「何を守るか」を明確にすることが必要です。そのうえで、
- 予防投資の効果を可視化し、医療費削減分を社会に還流
- 公共施設の統合・再編による運営効率化
- 企業版ふるさと納税を医療・交通インフラに再投資
――といった「削る」ではなく「組み替える」発想で持続可能性を高めることが現実的です。
🌆5|“社会主義”という語を、生活の温度で理解する
日本の社会保障――国民皆保険、高額療養費制度、介護保険――はいずれも社会民主主義的思想を基盤に発展してきました。マムダニの democratic socialism は、「人の尊厳を公共で支える」という理念であり、その意味では日本はすでに部分的にマムダニ氏の思想と重なる社会を形成しています。冷たい効率主義ではなく、人の尊厳を軸とした温かい合理主義を言葉にする段階へ。
パンデミック後の社会では、医療と福祉を“感染対策の費用”ではなく、社会の基盤投資として再構築することが求められています。マムダニの思想は、ニューヨークだけでなく、東京や横浜の未来にも響いています。
🩺6|医師としての視座:福祉は治療の外側にある「環境要因」
研究や自治体調査によれば、外出機会の減少は慢性疾患・抑うつ・フレイル悪化と関連する傾向があります。国立長寿医療研究センターの大高恵莉研究員による講演(2023年11月22日)では、ICF(国際生活機能分類)における「活動・参加」としての外出支援が、高齢者の身体機能・心理的安定に寄与し得ると概念的に整理されています(講演資料)。
比喩的に言えば、人が安心して動ける街は、それ自体が“治療を完結させる環境”です。治療の外側にある社会的要因が医療の成果を最大化する――福祉を削ることは、社会の血流を細らせることに等しい。医療職として、そのように感じる場面は少なくありません。
🌇結び|健康はビルの高さではなく、人の歩幅で測る
“A city’s health is measured not by its skyline, but by how it treats its people.”(訳)都市の健康はスカイラインではなく、そこに生きる人の扱われ方で測られる。— 出典:Zohran Mamdani, The New York Times(The Daily, 2025年10月16日)
マンハッタンの摩天楼の足元で学んだこの原点を、今、横浜の街で、日本の未来と重ね合わせて考えています。健康とは、人が社会のなかでどのように歩み続けられるかの尺度でもある。医療と福祉の交差点に立つ者として、呼吸のしやすい社会を設計することこそ、次の時代の医療の使命だと感じます。
⚖️ 法的・倫理的遵守メモ(医療法第6条の5準拠)
本稿は報道資料・自治体分析・学術講演・筆者の臨床経験に基づく社会的論考であり、医業広告(医療法第6条の5)に定義される「特定の治療法・医療機関・成果の表示」には該当しません。
- 記載内容は一般論・統計的傾向を説明するもので、個別の診療・治療効果を保証するものではありません。
- 「関連」「可能性」「寄与」等の表現は因果関係を断定しない範囲での公衆衛生的説明です。
- 制度・講演・報道引用は公的資料・講演要旨・報道記録に基づく正確な引用であり、誇大・誘導的意図はありません。
- 本稿は受診勧奨・制度申請・治療選択を推奨するものではなく、医療者の立場から社会政策・福祉・都市健康を考察する目的で執筆しています。
引用文・データは著作権法第32条の「公表された著作物の引用」および医療広告ガイドラインの「社会的評論・教育的表現の自由」に基づき、出典・日付・媒体を明示した正当な引用(フェアユース)として扱っています。
📚 主要出典
- The Daily – The New York Times(2025年10月16日) / 🎧 Apple Podcasts
- Al Jazeera Economy(2025年7月21日)“Will Zohran Mamdani help or hurt New York’s economy?”
- 横浜市健康福祉局「敬老特別乗車証に関する分析結果」(令和6年8月報告・PDF)
- 国立長寿医療研究センター 大高恵莉「高齢者・要介護者の外出機会創出の必要性とモビリティへの期待」(2023年11月22日 講演資料)
- White Bird Clinic – CAHOOTS Program(Eugene, Oregon)
