2025/10/28
本記事は、国際学術誌The Lancet(2025年10月22日掲載)に掲載された研究結果を一般向けに紹介するものであり、当院での診療提供内容や治療方針を示すものではありません。
内容は2025年10月時点の公表情報に基づいています。
🧪 SELECT試験とは ― 糖尿病がなくても心血管イベントを抑制した背景を探る
2025年10月22日号 The Lancet に掲載された「Semaglutide and cardiovascular outcomes by baseline and changes in adiposity measurements: a prespecified analysis of the SELECT trial」(Deanfield J et al.)は、GLP-1受容体作動薬セマグルチドによる心血管イベント抑制効果の要因を体脂肪変化の観点から検討した報告です。
SELECT試験(NCT03574597)は、糖尿病のない心血管疾患患者 17,604名を対象に、セマグルチド2.4mg週1回皮下注(ウゴービ® に相当)またはプラセボを平均3.5年間投与し、主要心血管イベント(MACE:心血管死・非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中)を比較した国際共同研究です。
結果として、セマグルチド群ではプラセボ群に比べてMACE発生率が約20%低下する傾向が報告されました(HR 0.80 [95 % CI 0.72–0.90])。
この効果は年齢・性別・BMI などのサブグループでもおおむね一貫しており、体重以外の要因が関与している可能性が示されました。
📊 結果 ― 「体重」ではなく「内臓脂肪の減少」が関連
- 体重減少と心血管リスク
体重の減少量とMACE 発生率に明確な関連は認められませんでした。
一方、プラセボ群では「体重が減るほどイベントが多い」逆相関傾向がみられました。 - ウエスト周囲径(内臓脂肪)の減少
セマグルチド群では、ウエスト周囲径の減少量が多いほどMACE 発症率が低下する傾向を示しました(HR 0.91、p = 0.02)。
ウエスト5cm減で心血管リスク4%低下という関連が報告されています。 - 媒介(メディエーション)分析
MACE減少効果の約33%は内臓脂肪減少によって説明可能で、残る部分は炎症・血管内皮・自律神経など脂肪以外の経路が関与すると推測されました。
🫀 解釈 ― 「痩せた量」より「減った場所」が重要
体重全体の減少よりも内臓脂肪の減少が心血管リスク低下に関係していました。
内臓脂肪は炎症性サイトカインを放出し血管を傷つけるため、セマグルチドが皮下脂肪より内臓脂肪に選択的に作用する傾向と一致します。
すなわち、「体重の数字」より「脂肪の質と分布の変化」が重要で、肥満治療の方向性を考えるうえで意義ある知見といえます。
🧬 研究者の見解 ― 「疾患修飾的作用(disease-modifying)」という学術的提言
著者らは、セマグルチドが血糖・体重に加え、炎症や血管機能など多層的に作用することから、「疾患修飾的作用(disease-modifying effect)」の可能性を指摘しています。
ただし、これは学術的見解であり、日本国内で承認された効能ではありません。
研究者の見解にとどまり、実際の治療適応を示すものではありません。
出典: Deanfield J et al., The Lancet, 2025 Oct 22
💬 Q/A コーナー
Q1. この研究で示された一番のポイントは?
A. 心血管イベント抑制は「体重減少量」ではなく内臓脂肪の減少と関連していました。
「どれだけ痩せたか」より「どの脂肪が減ったか」が重要で、脂肪分布の改善が鍵と考えられます。
Q2. セマグルチドはどんな薬?
A. GLP-1 ホルモンの作用を補う注射薬で、 日本では糖尿病治療薬**オゼンピック®(Ozempic®)と肥満症治療薬ウゴービ®(Wegovy®)**が承認済み。
週1回注射で血糖コントロール・食欲抑制・代謝改善を図ります。
Q3. チルゼパチド(マンジャロ®/ゼップバウンド®)との違いは?
A. チルゼパチドはGLP-1とGIPの2つの受容体を刺激する「デュアルアゴニスト」、セマグルチドはGLP-1 単独の作動薬です。
先行研究ではチルゼパチドの方がより大きな体重減少を示した報告もありますが、今回のSELECT試験はセマグルチド単独を対象としたものです。
Q4. セマグルチドを使えば誰でも心臓が守られる?
A. そうとは限りません。
効果は体重・脂肪分布・炎症・血管機能など複数要因が関係し、個人差があります。
本研究は集団全体の傾向を示したもので、個別の効果を保証するものではありません。
Q5. 日本での使用条件はこの研究と同じ?
A. 異なります。
SELECT 試験は「糖尿病のない心血管疾患患者」を対象とした海外研究です。
日本では糖尿病治療薬(オゼンピック®)と肥満症治療薬(ウゴービ®)が承認されており、対象・目的が異なります。
今回の結果は今後の研究的知見として参考に位置づけられます。
🩵 免責事項
- 本記事は学術研究の紹介を目的とした一般情報であり、治療効果を保証するものではありません。
- セマグルチドの使用目的・用法は国により異なり、日本での承認効能は糖尿病および肥満症治療に限定されています。
- 本稿は当院の診療提供内容を示すものではありません。
- 治療を希望される場合は必ず主治医にご相談ください。
- 掲載内容は2025年10月時点の情報に基づきます。
