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🌸 性ホルモンが「体の設計図」を書きかえる ― トランスジェンダー医療が教えてくれること
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🌸 性ホルモンが「体の設計図」を書きかえる ― トランスジェンダー医療が教えてくれること

Nature Medicine 2025年10月号ほか研究より)

本記事は、国際医学誌Nature Medicineほか複数の研究を、一般の方にもわかりやすく紹介したものです。当院の診療方針や治療を示すものではなく、科学的知見の共有を目的としています。実際の治療内容については必ず医師にご相談ください。

🏥 はじめに ― ホルモンの「不思議さ」と日常診療から

戸塚クリニックは糖尿病・内分泌内科を標榜しています。日々の診療のなかで、甲状腺ホルモン、インスリン、副腎ホルモンなど、人間の体がいかに繊細なバランスの上に成り立っているかを実感します。

ホルモンは、ほんのわずかな変化でも、心や代謝、免疫、そして感情までも変えてしまう“目に見えないメッセージ物質”。その不思議さと奥深さは、まさに医療の世界のロマンともいえます。

今回は、「性ホルモンが体をどう変えるのか」を分子レベルで追った世界的研究をご紹介します。トランスジェンダー医療の分野で行われた解析ですが、ホルモンが全身にどれほど影響を与えているかを理解するうえで、私たちの健康にも通じる重要なヒントを含んでいます。

🏳️‍⚧️ GAHT(性別適合ホルモン療法/性別肯定ホルモン療法とも)とは?

GAHT(Gender-Affirming Hormone Therapy)は、心の性と身体の性のギャップを感じる方が、自分の性自認に沿った体の変化を得るための医療です。

  • 女性化ホルモン療法(エストラジオール+抗アンドロゲン薬)
  • 男性化ホルモン療法(テストステロン製剤)

外見の変化だけでなく、代謝・免疫・血管など多くの仕組みに影響することが近年の研究で明らかになってきました。

🧬 研究の背景 ― 体の中で何が起きているのか?

オーストラリアの研究チームは、女性化ホルモン療法(GAHT)を受けるトランスジェンダー女性40名の血液を調べ、5,000種類以上のタンパク質の変化を追跡しました(Nature Medicine, 2025)。

  • 薬剤 シプロテロン酢酸エステル(CPA):テストステロンを強く抑える
  • 薬剤 スピロノラクトン(SPIRO):穏やかに抑える

6か月後、CPA群ではテストステロンがほぼゼロとなり、血液中の200種類以上のタンパク質が変化。9割以上が減少し、精子形成に関係するタンパク質(SPINT3、INSL3など)が顕著に低下しました。つまり、ホルモンの変化によって見た目だけでなく分子レベルでも「体の方向性」が変わることがわかったのです。

🧪 CPAとSPIROの違い

CPA群では変化が大きく、代謝や免疫にも顕著な影響が見られました。一方、SPIRO群ではテストステロンが一部残存し、タンパク質の変化は全体に穏やかでした。体脂肪や乳房体積、レプチン/プロラクチンの上昇も緩やかで、免疫・血管関連マーカーの動きも小さめでした。

このことから、抗アンドロゲン薬の種類によって体の反応が異なることが示唆されます。強い変化を優先するのか、より自然でマイルドな調整を目指すのか――治療設計を考えるうえで大切な視点です。

💪 見た目の変化と血液の変化が一致していた

体脂肪率と乳房体積が増えるにつれ、

  • レプチン(LEP):脂肪細胞から出て食欲や代謝を調整するホルモン
  • プロラクチン(PRL):乳腺の発達に関係するホルモン

が上昇していました。外見の変化と体の中の変化が連動していることが確認されました。

🧠 免疫システムも“女性型”に近づく

女性は感染症に強い反面、自己免疫疾患がやや多い傾向があります。その一因にホルモンの影響があります。今回の研究では、特にCPA群でCXCL13が上昇しました。CXCL13は“免疫の司令塔”として知られ、自己免疫やがん免疫治療の反応性にも関係します。

❤️ 血管や心臓への影響

意外なことに、CPA群では動脈硬化関連タンパク質が減少し、心血管に保護的に働く傾向が見られました。動物実験では逆の報告もあるため断定はできませんが、「ヒトでは必ずしもリスクが増えるわけではない」ことを示唆する興味深い結果です。
SPIRO群の変化は相対的に小さく、中性〜穏やかな変化にとどまりました。

🧬 さらに深い変化 ― DNAやホルモンの“運び方”も

GAHTはタンパク質だけでなく、DNAメチル化(遺伝子スイッチの変化)にも影響を与えることが報告されています(Shepherd R et al., Clinical Epigenetics, 2022)。

さらに、性ホルモン結合グロブリン(SHBG)などのホルモン運搬タンパク質も変化し、ホルモンの“効き方”自体が変わるという報告もあります(Stangl T et al., PubMed, 2025)。

🔄 更年期・ホルモン補充療法との共通点

イギリスの「UK Biobank」との比較では、GAHTで変化したタンパク質の約43%が、更年期後のホルモン補充療法(MHT)で変化するものと一致しました。つまり、エストロゲンの変化は性別を超えて共通の影響を与えるということです。ホルモンはまさに全身のオーケストラの指揮者なのです。

🩺 院長のまとめ

今回の研究群が教えてくれるのは、ホルモンは体の中の“設計図”を静かに書き換えているということです。

  • 見た目だけでなく、DNAやタンパク質の世界でも体が変わる
  • 免疫・代謝・血管など、多系統が性ホルモンに反応している
  • 知見はトランスジェンダー医療だけでなく、更年期医療や生活習慣病理解にも通じる

糖尿病や甲状腺疾患を日々診ていると、ホルモンがいかに全身の健康を支えているかを痛感します。こうした研究は、「ホルモンの働き」をより深く理解し、自分の体を見つめ直すきっかけとなるでしょう。

 

📖 参考文献

  1. Nguyen NNL et al. Plasma proteome adaptations during feminizing gender-affirming hormone therapy. Nature Medicine, 2025.
  2. Jones PR et al. Uncovering the effects of gender-affirming hormone therapy on ‘omic’ profiles. Frontiers in Endocrinology, 2022 (PMC9096568).
  3. Stangl T et al. The influence of gender-affirming hormone therapy on serum concentrations of binding proteins. PubMed, 2025.

用語参考: [1] Wikipedia[2] M-Review 医学誌[3] CareNet Academia[4] 名古屋大学泌尿器科[5] Nature Asia

※本記事は研究の一般向け解説であり、個々の治療を推奨・否定するものではありません。治療選択は必ず医師にご相談ください。

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