2025/11/17
※本記事は医学情報の提供を目的としたものであり、特定の薬剤の使用を勧誘・保証するものではありません。
実際の治療は、必ず診察のうえで担当医とご相談ください。
GLP-1薬は「みんなの薬」になるのか?
――ウゴービ&ゼップバウンド、アメリカの薬価革命と日本のこれからを医師がやさしく解説
■ まず一言でまとめると
2025年秋、アメリカでは政府と製薬企業の新しい薬価スキーム(通称 TrumpRx)によって、GLP-1系の肥満症治療薬(ウゴービ、ゼップバウンドなど)の 「公的保険での薬価目安」が大きく下がり、Medicare/Medicaidでの利用もしやすい方向に動いています。
一方、日本では ウゴービ(Wegovy:2023年保険適用) と ゼップバウンド(Zepbound:2025年承認・保険適用) が肥満症で適用となっていますが、高齢化・サルコペニア(筋肉量低下)のリスクも踏まえ、
「誰でも気軽に痩せる薬」ではなく、慎重に適応を選ぶ“疾患治療薬”
として位置づけられています。
横浜・戸塚クリニック院長の村松です。今日は、2025年秋のNYT報道やポッドキャストをきっかけに、GLP-1薬をめぐる「世界の今」と「日本のこれから」を整理してみます。
◎参考ポッドキャスト:
The Daily “Ozempic for All?”(2025年11月14日配信)
https://www.iheart.com/podcast/326-the-daily-28076606/episode/ozempic-for-all-307044903/
(内容の詳細は transcript を参照)
1. GLP-1薬って、結局どんな薬?
名前はいろいろありますが、ざっくり分けるとこうなります。
- ウゴービ(Wegovy):GLP-1受容体作動薬。肥満症治療用。日本でも保険適用。
- オゼンピック(Ozempic):同じ成分「セマグルチド」だが、2型糖尿病治療薬として承認。
- マンジャロ(Mounjaro):GIP/GLP-1二重作動薬。2型糖尿病治療薬。
- ゼップバウンド(Zepbound):マンジャロと同じ有効成分「チルゼパチド」を、肥満症に適応拡大した薬。日本でも肥満症で承認・保険適用。
これらの薬は、体内のホルモン GLP-1 の働きを高める/似た作用をすることで、
- 食欲を自然に抑える
- 胃の動きをゆっくりにして、少ない量で満腹感を得やすくする
- 血糖値が高い時だけインスリン分泌を助ける
臨床試験(STEP試験、SURMOUNT試験など)では、平均 10〜15%の体重減少 に加え、
- 心筋梗塞・脳卒中など心血管イベントのリスク低下
- 脂肪肝(NASH)や睡眠時無呼吸の改善
- 腎臓病の進行抑制
といった “おまけ効果” も報告されています。
ただし、ここが大事なポイントです。
GLP-1薬は「美容目的の痩せ薬」ではなく、生活習慣病・肥満症を治療するための“疾患治療薬”です。
2. アメリカで何が起きたか――供給不足 → 「調剤版GLP-1」の氾濫 → TrumpRx
2-1. 供給不足と「調剤版GLP-1」の問題
オゼンピックやウゴービが「奇跡の薬」として大ヒットし、2023〜2024年にかけてアメリカでは深刻な供給不足が起きました。
その穴を埋める形で、FDA(米食品医薬品局)は一時的に「調剤(compounding)版 GLP-1」の製造・販売を特例で認めましたが、その結果、
- 有効成分や濃度が不明確な製品
- 本来の 20倍量 が投与された症例
- ラベルと中身が一致しない、ほぼ偽造品レベルの製品
- SNSやオンライン診療での誇大広告
などが相次ぎ、2025年秋までに 520件超の有害事象報告・50件以上の警告書 が出されています。
供給が徐々に安定してきたこともあり、現在は FDAが調剤版GLP-1薬の販売・広告を厳しく制限 している状況です。
「安くて手に入りやすい“なんちゃって薬”ほど危ない」
という、非常に教訓的なケースになりました。
2-2. 2025年秋:TrumpRxによる薬価革命(DTC価格と公的保険)
2025年11月、アメリカ政府(トランプ政権)は、ノボノルディスク社とイーライリリー社と合意し、 GLP-1薬の新しい価格スキーム「TrumpRx」 を発表しました。
公式発表・主要報道( White House Fact Sheet、 CNN、 CNBC、 Reuters など)によると、主な整理は以下の通りです。
| 項目 | 従来市販価格 | TrumpRx DTC価格 | 公的保険目標(24ヶ月後) | 患者自己負担目標(copay) |
|---|---|---|---|---|
| ウゴービ(Wegovy) | 1,350ドル/月 | 350ドル/月 | 245ドル/月 | 50ドル/月 |
| ゼップバウンド(Zepbound) | 1,086ドル/月 | 346ドル/月 | 245ドル/月 | 50ドル/月 |
| 経口GLP-1(Orforglipron) | ― | ― | 149〜150ドル/月 | ― |
- DTC価格:保険なしで TrumpRx 専用サイトから購入する際の現金価格
- 公的保険目標:Medicare/Medicaid における薬価の目標値(段階的に引き下げ)
- 自己負担目標:肥満症+合併症のある患者に対し、月 50ドル程度の負担を目指す枠組み
※いずれも「目標値」であり、州や保険プランによる差、今後の制度変更により変動する可能性があります。
さらに、保険に入っていない人でも TrumpRx の専用サイト経由で割引価格で購入できる仕組み が導入される予定で、
「富裕層だけの薬」 → 「中間層・高齢者にも届きやすい薬」
へと、少しずつ姿を変えようとしている段階です。
一方で、
- 医療費全体の増加や財源
- 民間保険・雇用者保険への波及
- 長期的な制度の持続可能性
など未解決の課題も多く、「誰でも気軽に使えるほど安くなった」とまでは、まだ言えません。
3. 日本:ウゴービとゼップバウンドが保険適用に
3-1. ウゴービ(Wegovy)
- 有効成分:セマグルチド(GLP-1受容体作動薬)
- 用途:肥満症治療(週1回の皮下注射)
- 日本でも、一定条件を満たす肥満症で 2023年から保険適用
3-2. ゼップバウンド(Zepbound)
- 有効成分:チルゼパチド(GIP/GLP-1二重作動薬)
- 用途:肥満症治療(週1回の皮下注射)
- マンジャロ(Mounjaro)と同じ成分を、肥満症向けに適応拡大した薬
- 日本でもウゴービと同様に、肥満症で 2025年から保険適用
ゼップバウンド/マンジャロはいずれも、消化器症状(吐き気・食欲低下・下痢・便秘)に加えて便秘が目立つケースが比較的多いなど、副作用プロファイルに若干の特徴があります。
3-3. 保険適用のポイント(共通イメージ)
ざっくり言うと、以下のような条件を満たした場合に、保険診療として使うことが検討されます。
- 医師が「肥満症」と診断していること
- 高血圧・脂質異常症・2型糖尿病・脂肪肝・睡眠時無呼吸など、肥満に関連した健康障害(合併症)があること
- 食事療法・運動療法を一定期間行っても効果が不十分なこと
- BMI 27以上+肥満に関連する健康障害を複数有する場合、またはBMI 35以上
つまり、
「ちょっと太ってきたから、楽に痩せたい」
というレベルでは使えず、医学的に“肥満症”と判断されるケースに限るというのが、日本のスタンスです。
4. 日本特有の事情――肥満率が低い国だからこその「サルコペニアリスク」
日本は、
- BMI30以上の肥満率:約4〜5%(欧米よりかなり低い)
- しかし「内臓脂肪型肥満」は比較的多い
- そして何より、世界有数の高齢化社会
GLP-1薬で体重が減るのは良いことなのですが、研究によっては、
- 減った体重の25〜40%が筋肉由来である
- 中止後1年で、せっかく減った体重の約2/3がリバウンドした
といったデータも出ています(STEP試験など)。
高齢の方や、もともと筋肉量が少ない方が「薬だけでどんどん痩せる」という状態になると、
- サルコペニア(筋肉量低下による虚弱)
- フレイル(虚弱全般)
- 転倒・骨折リスクの増大
につながるおそれがあります。
そのため、GLP-1薬を使う場合でも、
- 十分なタンパク質摂取(体重 × 1.0〜1.5 g/日を目安に)
- 週2〜3回の筋力トレーニング(スクワット・踵上げなどの自重トレでもOK)
- できる範囲でのウォーキングなど有酸素運動
をセットで考えることが非常に重要です。
特に高齢者や運動習慣の乏しい方は、医師や理学療法士に筋トレメニューを相談してから開始することをおすすめします。
5. 医師としてお伝えしたい「5つの真実」
1)これは「痩せ薬」ではなく、生活習慣病・肥満症の治療薬
主目的は、糖尿病・心筋梗塞・脳卒中・脂肪肝などのリスクを減らすことです。
2)やめれば、かなり戻る
中止後1年で、せっかく減った体重の約2/3が戻ったというデータがあります。
「一時的に打てば、一生スリム」は現実的ではありません。
3)脂肪だけでなく、筋肉も減る
体重減少の25〜40%が筋肉という報告もあり、
高齢者では特にサルコペニア・転倒リスクに注意が必要です。
4)主な副作用は“胃腸”と“胆膵”のトラブル
よくあるのは、吐き気・食欲低下・下痢・便秘・腹痛などの消化器症状です。
ウゴービでもゼップバウンド(=マンジャロ系)でも、この傾向は共通しますが、ゼップバウンドでは便秘が強めに出る方もいます。
まれに、膵炎・胆嚢トラブル(急な強い上腹部痛や持続する吐き気など)といった重い副作用も報告されており、症状が強いときは自己判断で続けず、必ず受診が必要です。
5)未承認薬・個人輸入・“もどき薬”は避ける
アメリカの調剤版GLP-1薬では、520件以上の有害事象・多数の警告が出ています。
日本でも、安易な海外通販や正体不明の “GLP-1ダイエット” は避けるべきです。
6. アメリカと日本の「GLP-1事情」をざっくり比較
| 項目 | アメリカ | 日本 |
|---|---|---|
| 主な薬 | ウゴービ、ゼップバウンド、オゼンピック、マンジャロ など | ウゴービ、ゼップバウンド(いずれも肥満症) |
| 価格の方向性 | TrumpRxで 350→245ドル/月、自己負担 50ドル目標 | 保険点数に基づき自己負担1〜3割 |
| 公的保険 | Medicare/Medicaidが「肥満+合併症」でカバー拡大中 | 厳格な「肥満症」基準を満たした場合のみ |
| 肥満率 | BMI30以上 30〜40%前後 | BMI30以上 約4〜5%(内臓脂肪型肥満は多い) |
| 主な課題 | 医療費増大・供給不足・調剤版安全性・制度の持続性 | 高齢化・サルコペニア・医療費抑制 |
| GLP-1薬の位置づけ | 「国民的肥満治療薬」へ拡大しつつある | 重症肥満症のための “高度治療薬” |
7. よくある質問(Q&Aミニ版)
Q1. 「少し太ってきた」レベルでも、ウゴービ/ゼップバウンドは使えますか?
→ いいえ。日本では、BMI・合併症・生活習慣改善の経過など、厳しい条件を満たした「肥満症」の方に限られます。
美容目的・短期ダイエット目的での使用は、保険・自由診療ともに慎重であるべきと考えます。
Q2. 一度痩せたら、薬をやめても大丈夫ですか?
→ 多くの方でリバウンドが問題になります。GLP-1薬はあくまで「体重を減らすための補助輪」なので、
- 食事内容(高タンパク・非加工食品中心)
- 運動習慣(筋トレ+ウォーキング)
- 睡眠・ストレス管理
といった生活習慣の土台を一緒に整えないと、やめた途端に戻ってしまうリスクが高くなります。
Q3. ウゴービとゼップバウンド、どちらが良いのでしょうか?
→ メカニズムや副作用プロファイルに違いはありますが、「どちらが絶対に優れている」という結論は出ていません。
持っている病気(糖尿病・心疾患・肝臓病など)、体質(胃腸の弱さ、低血糖リスクなど)、ライフスタイル(通院頻度、自己注射への抵抗感など)を踏まえて、主治医と一緒に選ぶのがいちばん安全です。
Q4. 経口タイプのGLP-1薬(Orforglipron)は、日本でも使えるようになりますか?
→ Orforglipron は、海外で開発中の「飲み薬タイプのGLP-1薬」で、肥満症・糖尿病を対象とした臨床試験が進んでいます。
製薬企業は「肥満症で2025年末ごろ、糖尿病で2026年前後の申請」を目指すと発表していますが、日本で実際に使えるようになるためには、承認審査・薬価収載・保険適用のプロセスが必要です。
「いつ日本で使えるか」「保険適用になるか」は、今後の審査と政策次第、という段階です。
8. さいごに――GLP-1薬は「ゴール」ではなく「補助輪」
アメリカでは TrumpRx によって、GLP-1薬が
「富裕層だけの薬」から「多くの人が手を伸ばせる薬」
へと変わりつつあります。
日本でも、ウゴービとゼップバウンドが肥満症で保険適用となり、選択肢は確実に増えました。
しかし、日本の現状(高齢化・サルコペニアリスク・医療費抑制)を考えると、
- 高タンパク・非加工食品中心の食事
- 続けられる運動(筋トレ+ウォーキング)
- 睡眠・ストレス管理
といった生活習慣の土台があってこそ、GLP-1薬を安全に、そして本当に意味のある形で活かすことができます。
また、アメリカのTrumpRxや日本の保険適用拡大は、医療費や制度全体にも大きな影響を与える長期テーマです。今後も、国のガイドラインや公的発表のアップデートには注意していく必要があります。
医療機関では、「薬を使うか・使わないか」だけでなく、
あなたの病状・ライフスタイルに合った安全な方法を、一緒に考えていくことが大切です。
「GLP-1薬についてもう少し知りたい」「自分は対象になるのか気になる」という方は、かかりつけ医でぜひ気軽に相談してみてください。
※本記事は2025年11月時点の情報に基づいています。今後、薬価・保険適用・ガイドラインは変更される可能性があります。
主な出典(2025年11月時点・抜粋)
- NYT The Daily “Ozempic for All?”(2025/11/14 配信)
https://www.iheart.com/podcast/326-the-daily-28076606/episode/ozempic-for-all-307044903/ - White House Fact Sheet(2025/11/6)
https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/11/fact-sheet-president-donald-j-trump-announces-major-developments-in-bringing-most-favored-nation-pricing-to-american-patients/ - CNN, CNBC, Reuters, BMJ などによる TrumpRx・GLP-1薬価報道
CNN 記事 / CNBC 記事 / Reuters 記事 / BMJ 記事 - Novo Nordisk / Eli Lilly プレスリリース(GLP-1薬・肥満症治療薬に関する発表)
- PMDA/厚生労働省 公表資料(セマグルチド・チルゼパチド関連)
- STEP試験・SURMOUNT試験など主要臨床試験結果(体重減少率・リバウンド・筋肉量変化等)
