2025/11/25
Apple Watchが「心房細動の疑い」→ すぐ病院に行くべき? 行かなくていい?
2025年最新メタ解析で循環器医が全部答えます
【参考論文(2025年8月オンライン公開)】
Barrera N, et al. Accuracy of Smartwatches in Detecting Atrial Fibrillation. JACC Advances.
https://doi.org/10.1016/j.jacadv.2025.102133
(全文無料で読める英語論文です。内容が気になる方には、外来で「やさしい日本語の要約版」をお渡しできます)
こんにちは。戸塚クリニックの村松賢一です。
ここ1年で、外来に「スマートウォッチの心房細動アラートで不安になった方」が本当に増えました。
たとえば、こんな声です。
- 「Apple Watchが夜中に『心房細動の疑い』と出してきて、そこから眠れませんでした」
- 「Galaxy Watchに“心房細動の可能性”と表示されてパニックになりました」
通知が出ると、誰でも怖くなりますよね。一方で、スマートウォッチは「心房細動に早く気づくための、かなり頼りになる相棒」でもあります。
この記事では、2025年に発表された大規模メタ解析の結果をふまえて、
- スマートウォッチの心房細動検出は、どこまで信頼できるのか
- すぐ受診した方がよい人・様子見でもよい人の違い
- 若い人で誤判定が多い理由
- 通知が出たときの「正しい動き方」
を、できるだけ専門用語を避けてお話しします。
スマートウォッチの精度はどれくらい?
2025年のメタ解析(26研究・17,349名)では、スマートウォッチによる心房細動の検出は、だいたい次のような成績でした。
- 感度(見逃さない力):およそ 92〜97%
- 特異度(誤って「異常」と言わない力):およそ 94〜98%
- 総合的な性能(AUC):約 0.97
数字だけ見れば、医療機器として見てもかなり優秀なレベルです。
感度・特異度をやさしく言い換えると
- 感度:心房細動の人が100人いたら、そのうち約95人には「疑いあり」と教えてくれるイメージ
- 特異度:心房細動ではない人が100人いたら、約97人には「異常なし」と判断してくれるイメージ
つまり、
「とても優秀だけれど、100%完璧というわけではない」
という立ち位置です。
Apple Watch・Galaxy Watchなど機種ごとのざっくり傾向
研究をまとめると、おおよそ次のようなイメージになります。
- Apple Watch:全体的にバランスの良い高精度タイプ
- Galaxy Watch:「見逃しにくさ(感度)」がやや高めとされる
- Withings:通知は少し控えめだが、必要なところは押さえるタイプ
- Amazfitなど:非常に高精度という結果もあるが、研究数が少なく「今後のデータ待ち」な部分もある
どの機種も、「まったく信用できない」というレベルではありません。
PPG と ECG の違いと、実際の使い分け
スマートウォッチの心房細動検出には、大きく分けて2つの方式があります。
- PPG(光学式センサー):光で脈のゆらぎを読み取る方式。日常生活の中で「ずっと見守ってくれる番人」のような存在。
- ECG(簡易心電図):ウォッチに指を当てて心電図波形を記録する方式。「本当に乱れているか確認する係」のような存在。
メタ解析では、PPGとECGで「心房細動を見つける力には大きな差はない」とされています。ただし、実際の診療現場では、
- ECGのほうが、動きや装着ズレの影響を受けにくく、誤判定が少ないと感じることが多い
- PPGは「ずっと見てくれる分」、運動中や寝返りなど生活のノイズも拾いやすい
そのため、
「通知が出たら、可能であればECGモード(簡易心電図)でもう一度測ってみる」
という使い方は、とても理にかなっています。
若い人は「誤判定」が多くなる理由
今回のメタ解析に参加した方の特徴は、
- 年齢の中央値:およそ 66歳
- 心房細動を含む心疾患のある方が多い
- 心房細動の人の割合:全体の約 11%と、一般より高い
つまり、もともと心房細動が起きやすい「高リスク層」が多く含まれている、ということです。
一方で、20〜40代の若い方や、持病のない健康な方では、そもそも心房細動の頻度がとても低いので、
「正常なのに、たまたまスマートウォッチが“疑いあり”と判定してしまう」
(=偽陽性)が増えやすくなります。
30代の方の実例
実際に、30歳の男性で、
- Apple Watchで「心房細動の疑い」の通知が5回表示された
- とても不安になり、外来を受診された
というケースがありました。
詳細に検査した結果は「完全に問題なし」。原因は、
- 運動直後の脈の乱れを拾っていた
- バンドの締め付けが強く、センサーの当たり方が不安定になっていた
と考えられました。その後、装着の仕方を調整してからは、一度も「疑い通知」は出ていません。
このように、若い方では「通知 = 即、重い病気」というわけではないことを知っておいてください。
日常生活では「論文どおり」には測れない
腕時計型デバイスは、どうしても生活動作の影響を受けます。
- 腕を大きく振るスポーツ
- 寝返りやうつ伏せ寝
- 汗・乾燥・冷えによる皮膚状態の変化
- バンドの締め具合や位置ズレ
こうした要因によって、「センサーの値が乱れる時間帯」が必ず発生します。
研究では、こうした明らかなノイズが除外されていることが多いため、
「実際の生活の中での精度は、論文の数字より少し低めになる可能性がある」
という前提で考えておくと良いです。
なぜ「全員にスクリーニング」は推奨されていないのか(USPSTFの見解)
米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、2022年に出した見解を2025年現在も維持しており、
「家庭用デバイスやスマートウォッチを使って、症状のない一般の人全員に心房細動の検査をすることを、現時点では推奨しない」
としています。その理由として、
- 偽陽性(本当は正常なのに「疑い」と出る)が増え、強い不安を生みやすい
- 必要のない受診や検査が増えてしまう可能性がある
- 短時間だけ出る心房細動(ごく短い発作)を、どこまで治療すべきか医学的結論が出ていない
といった点が挙げられています。
つまり、
「通知を大事にしつつも、騒ぎすぎない」
という“中庸の姿勢”が大切だということです。
通知が出たときの「受診の目安」
ここからは、私が診察で必ずお伝えしている、具体的な行動基準です。
早めに受診をおすすめしたい方
- 「心房細動の疑い」通知が何度も出る
- 動悸・息切れ・胸の違和感・めまいなどの症状がある
- 高血圧・糖尿病・脂質異常症がある
- 睡眠時無呼吸症候群、肥満、喫煙習慣がある
- 65歳以上である
- 家族に脳梗塞や心不全の既往がある
様子を見てもよいが「記録は残してほしい方」
- 通知が一度だけ出た
- 運動直後・飲酒後・強いストレス時など、心当たりがある場面で出た
- 少し時間をおいて測り直したら、すぐに正常に戻った
- 若年で、基礎疾患がなく、自覚症状もゼロ
ただし、どの場合でも共通してお伝えしたいのは、
「通知が出たのに、何ヶ月もすっかり忘れて放置する」のは避けてほしい
ということです。
心房細動は、自覚症状がほとんどないまま進行し、ある日突然の脳梗塞で見つかることもあります。
戸塚クリニックでできる検査
当院では、スマートウォッチの通知内容を踏まえて、次のような検査を組み合わせて評価します。
- 12誘導心電図(その日のうちに実施可能)
- 24時間ホルター心電図(1日中の脈の様子を記録)
- 心エコー・頸動脈エコー(脳梗塞リスクの評価も同時に可能)
- 血液検査(甲状腺機能、心不全マーカーなど)
受診の際は、
- スマートウォッチの「通知画面のスクリーンショット」
- アプリから出力した「PDFレポート」
などを見せていただけると、とても診断の役に立ちます。
「受診するほどかな…」と迷っている段階でも構いません。不安なときは、遠慮なくご相談ください。
今後の研究で「スマートウォッチの立ち位置」はさらに変わっていく
現在も、次のような大規模研究が進んでいます。
- HEARTLINE 試験
- REACT-AF 試験
- eBRAVE-AF 試験 など
これらの研究で、
- スマートウォッチで早く心房細動を見つけると、本当に脳梗塞が減るのか
- ごく短時間だけ出る心房細動を、どこまで治療すべきか
といった点が、徐々に明らかになっていくと考えられます。
まとめ 〜不安を一人で抱え込まないでください〜
2025年時点で、スマートウォッチは心房細動を早く知るための、とても心強い道具になりました。
一方で、
- 若い方では誤判定が多くなる
- 生活の動きによる測定誤差がある
- 短時間だけ出る心房細動の扱いなど、まだ「答え待ち」の部分もある
という現実もあります。
いちばん大切なのは、
「過信しすぎず、無視もしすぎず、不安になったら早めに相談する」
という、ちょうど良い距離感です。
スマートウォッチの通知で不安になったときは、一人で悩まず、お気軽にご相談ください。
戸塚クリニック
院長 村松賢一(日本循環器学会認定循環器専門医)
