2025/11/27
なぜ自閉スペクトラム症(ASD)は「増えているように見える」のか?
― 国際的議論・最新研究・地域クリニックとしての視点からやさしく整理します ―
最近、「自閉スペクトラム症(ASD)の診断が増えている」という報道をよく見かけます。アメリカでもこのテーマは大きな関心を集め、
The New York Times のポッドキャスト 「The Daily」(2025年11月24日放送) でも、「なぜ数字が上昇して見えるのか」が丁寧に解説されていました。
リンク:
The Daily – The Autism Diagnosis Problem
当院ブログでもこれまで数回ASDをテーマに扱ってきましたが、今回はNYTの報道内容と最新の科学的知見をふまえて、
「ASDが増えているように見える背景」 を整理し、不安なく読める穏やかなトーンでお届けします。
1.ASDそのものが短期間で急増したとは言い切れない
(多くの専門家は「診断の仕組み側の要因が大きい」と考えている)
現在の研究状況では、
「ASDという状態そのものが短期間で急激に増えた」と断定できる明確な証拠はありません。
ただし、国や地域によって診断率が上昇しているところもあり、社会制度や医療アクセス、環境要因も含め、
複数の観点から研究が続けられている 状況です。
一方で、多くの専門家は
「診断のされ方や社会の仕組みの変化が、数字の大部分を説明している」
と考えています。
2.診断基準(DSMなど)の変化で、ASDの範囲が広くなった
ASDの診断数が増えて見える大きな背景として、診断基準(DSMなど)の変化 があります。
DSM(主に欧米で広く利用される精神医学の診断基準)では、
- アスペルガー症候群
- 高機能自閉症
- 広汎性発達障害(PDD)
- いわゆる「グレーゾーン」と呼ばれてきた方々
が、現在はすべて 「自閉スペクトラム症(ASD)」という1つの枠に整理 されています。
そのため、「以前は別の診断名だった方」や「診断対象外だった方」が現在はASDとしてとらえられるようになり、
統計上の増加につながっています。
3.支援制度の充実で、診断を受けるメリットが高まっている
学校や自治体での支援が整ってきたことも、受診の増加につながっています。
- 支援学級
- 通級指導
- 発達支援センター
- 早期療育
- 福祉サービス
- 学校での合理的配慮
こうした制度が利用しやすくなり、診断があることで相談先や申請の窓口が明確になりやすくなっています。
もちろん、日本でも自治体によって利用できる制度には差がありますが、
診断が一つの 「アクセスキー」 になっている場面が増えているのは確かです。
4.早期発見が進み、小さい頃から見つかりやすくなった
評価方法の進歩によって、2歳前後から発達の特徴に気づけるケースが増えています。
もちろん、すべてのお子さんが2歳までに診断されるわけではありませんが、
「早期からの評価や支援が進んでいる地域が増えている」 ことが、数字に反映されるようになりました。
5.カリフォルニア州の「重度例統計」が上昇して見える理由
(実際には“把握できる範囲が広がった”側面が大きい)
アメリカ・カリフォルニア州の DDS(Department of Developmental Services) という支援サービスの統計では、
重度の方の登録数が増えているように見えます。
これについては、
- 昔は診断そのものがつかず、申請がなされていなかった
- 施設に入ったまま、統計に反映されていなかったケースが多かった
といった背景があると考えられています。
そのため、「サービスにアクセスできる人が増えた結果、数字が増えたように見える」 側面が大きく、
重度例そのものが急増したことを直接示すものではないと解釈されています。
6.成人・女性・少数民族など、これまで見えづらかった層でも診断が進んでいる
近年、診断の対象が広がってきたことも重要なポイントです。
- 特性が見えづらく、診断に至りにくかった女性
- 黒人・ヒスパニックなどの少数民族
- 大学生・社会人・専門職などの成人
こうした方々にも、適切な評価や支援が届くようになり、
「診断される層が広がった結果、数字が上がって見えている」 という面が大きくなっています。
7.ワクチン・アセトアミノフェン(タイレノール)との関係について
(現時点では因果関係は認められていません)
国際的な研究結果では、
- ワクチン
- アセトアミノフェン(タイレノール)
とASDの間に、明確な因果関係は確認されていません。
一部、「関連の可能性」を示す研究はありますが、交絡因子の影響が大きく、
現時点では 結論的なものではない というのが、国内外の多くの公的機関・専門学会の評価です。
さらに、妊娠中の高熱は胎児に影響する可能性があるため、
必要時に医師の指示のもとアセトアミノフェンを使用する ことが国際的にも一般的な方針となっています。
8.ASDは「治すべきもの」ではなく、脳の特徴の一つ
(ニューロダイバーシティの視点)
現在のASD理解では、
「治すべき悪いもの」ではなく、「生まれ持った脳の特性の一つ」
としてとらえる考え方が広まっています。
たとえば、
- 得意・不得意の組み合わせ
- 感覚の敏感さ
- 集団生活での困りごと
- 生活リズムの整え方
など、本人やご家族が日常で過ごしやすくなる工夫を、
一緒に考えていくことが何より大切 です。
9.当院(戸塚クリニック)でできること
― 「まず安心して相談できる窓口」として
当院は、高度な専門検査や専門治療を行う施設ではありませんが、
初期相談の窓口 として、以下のようなご相談を日常的にお受けしています。
- ことばの遅れが気になる
- こだわりが強い
- 集団が苦手で、園や学校で心配されている
- 感覚の敏感さ(音・光・触覚など)が気になる
診断をその場で確定するというよりも、
「まず相談する場所」として、お困りごとの整理と“次の一歩”を一緒に考える役割 を大切にしています。
必要に応じて、
- 小児神経
- 児童精神科
などへご紹介し、
地域全体でお子さんとご家族を支える 形を心がけています。
10.さいごに
ASDが「急激に増えている」という印象は、
- 診断基準の変化
- 支援制度の整備
- 早期発見の進歩
- 社会全体の認知の広がり
など、複数の要因が重なって生じている「見かけ上の変化」であり、
必ずしも状態そのものの増加をストレートに示すものではないと考えられています。
大切なのは、
目の前のお子さんとご家族が、安心して過ごせる環境を整えること。
困ったときは、どうぞ一人で抱え込まず、いつでもご相談ください。
