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マザーテレサ『死を待つ人の家』で医師の私が静かに涙した理由──コルカタ(カルカッタ)で見た “寄り添う医療” の本質
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マザーテレサ『死を待つ人の家』で医師の私が静かに涙した理由──コルカタ(カルカッタ)で見た “寄り添う医療” の本質

2025年11月末の、ほんの短い連休のことでした。

以前からずっと、マザーテレサの「死を待つ人の家(Nirmal Hriday)」を訪れてみたい──
そんな思いが心のどこかにありました。

けれど、正直に言えば、インドの個人旅行には少しハードルを感じていました。
「詐欺が多い」「一人旅は危険」という話を何度も聞き、怖さが勝ってなかなか踏み出せなかったのです。

それが今年、デリー、バラナシ、アムリトサルと個人で旅をするうちに、
「気をつければ、一人でも十分に旅ができるんだ」
という実感が少しずつ積み重なっていきました。

そしてようやく──
あの場所にも、自分ひとりで行けるかもしれない。
そんな自信が生まれたタイミングで、今回の旅を決めました。

インド東部・西ベンガル州の州都コルカタ。
けれど私の中では、今でも「カルカッタ」という呼び名のほうがしっくりきます。
マザーテレサがメディアで語られていた頃、テレビや本で紹介される街の名は、いつも「カルカッタ」でした。
その記憶が、そのまま心の中に残っています。

そんな“カルカッタ”への、初めての訪問でした。


■ 「死を待つ人の家」へ──恐る恐る近づいた門の前で

細い路地を抜け、小さな門の前に立ったとき、少し緊張していました。
医療者として訪れる以上、何か証明書が必要なのだろうか──
そんなことを考えて、スマホで医師資格アプリを開いた状態にしていました。

恐る恐る近づくと、門番の男性が私に気づき、ゆっくり門を開いてくれました。

“Doctor from Japan” と口頭で伝えると、予想に反してとても気さくに案内してくれ、
そのまま中へ入るよう促されました。

案内された先には、白い修道服のシスターが一人。
私を見るとふっと笑い、

「Welcome to our home!(ようこそ、私たちの家へ)」

まるで家族を迎えるような優しい声でした。
名前と国籍を書くだけで良いと言われ、
その温かさに胸の緊張がすっとほどけていきました。


■ ベッドが並ぶ空間、談話室、処置室
“死”よりも、“いまを生きる姿”があった

中に入ると、まずベッドがずらりと並ぶ大部屋が広がっていました。
右手には談話スペースと処置室があり、処置室では男性スタッフが外傷の処置をしていました。
机には採血結果の用紙が置かれ、思っていた以上に「医療機関らしい」空気がありました。

近くでは、
日本人らしきボランティアの男性が、食事の下膳や片付けを静かにこなしていました。
声をかけようか迷ったものの、私の人見知りもあって話しかけられず、
その黙々とした、しかし穏やかな働きぶりが印象に残りました。

談話室の横には椅子が並べられ、
男性の利用者たちが静かに腰掛けて過ごしていました。
その姿は、この施設の日常の一部として自然に溶け込んでいました。

さらに奥は女性の部屋で、男女が分けられていることもわかりました。

廊下には、
足に分厚いギプスを巻いたおじいさん、
痩せ細りシスターの手を握る若い男性、
目の焦点が合わずゆっくり往復する男性──
さまざまな「いまを生きる姿」がありました。

“死を待つ人”というより、
「いま、懸命に生きている人たち」
という言葉がしっくりきました。

シスターは静かに教えてくれました。

  • 今は外傷の方が多いこと
  • 背景には薬物・アルコールなどがあること
  • 結核やHIVは別施設で診ていること
  • 良くなれば各地の施設へ移り自立を目指すこと
  • 重症なら病院へ搬送すること

ここは“最期の場所”だけではなく、
“生き直すための入口”にもなり得る場所なのだ と知りました。


■ マザーテレサが暮らした部屋
ほとんど何もない空間で感じた「すべてを与える生き方」

その後、私はマザーハウスを訪れました。
マザーテレサが暮らし、祈り、人生を捧げた場所です。

小さな机、簡素なベッド。
必要最小限の道具だけが置かれた、驚くほど質素な部屋でした。

必要なものを持たず、必要とされる場所へすべてを与える。
その生き方が、部屋の空気の中に静かに息づいていました。

階下には彼女の墓があり、
世界中から来た人々が静かに祈りを捧げていました。
ヨハネ・パウロ二世が訪れた写真も飾られていました。


■ 医師として、胸に確かに灯った一つの言葉

「治せないとわかった瞬間から、医療は終わるのではなく始まる。」

シスターたちの姿を眺めているうちに、
ふとこの言葉が胸の奥で確かに灯っていることに気づきました。

医療の本質は、病気が治るかどうかだけではなく、
“そばにいることそのものが、どれほど人を支えるのか”
というところにもある。

そのことを、この場所であらためて教わった時間でした。


■ おわりに

コルカタで見た“寄り添う医療”の姿は、
私たちの地域医療にも、大きな示唆を与えてくれます。

病気のこと、治療のこと、生活のこと、介護のこと──
どんな不安も、どうか一人で抱え込まないでください。


戸塚クリニック
村松 賢一

この世界に、まだ最期まで尊厳を保てる場所があることを知った旅でした。
その灯を、私たちも静かに守り続けたいと思います。

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