2025/09/27
睡眠薬を飲むと認知症になる?
― 広まった思い込みと科学的に分かっていること ―
🐑 マスコミで広まった思い込み
「睡眠薬を飲んでいると認知症になる」という言葉は、日本で広く浸透しています。
背景には、週刊誌やテレビ番組で「認知症リスク○倍!」とセンセーショナルに取り上げられたことがあります。
しかし、実際の研究はもっと複雑です。
2015年に発表されたメタ解析(Zhongら, PLoS ONE)では、ベンゾジアゼピンを長期かつ高用量で使用している人に認知症リスクがやや高い傾向が示されました【Zhong 2015】。
一方で、同年の大規模研究(Imfeldら)では「有意な関連は見られなかった」と報告されています【Imfeld 2015】。
👉 最近では、2023年の総説(Zhongら, Ageing Research Reviews)でも複数の研究をまとめ、結論としては「一部の研究で関連が示唆されるが、因果関係は未確定」とされており、大きな変化はありません。
つまり、薬が直接の原因と断定できるわけではなく、不眠や不安といった症状そのものが影響している可能性もあるのです。
💊 薬の種類ごとの特徴と注意点
🟦 ベンゾジアゼピン系
代表例:レンドルミン(ブロチゾラム)、ハルシオン(トリアゾラム)、サイレース/ロヒプノール(フルニトラゼパム)、ベンザリン/ネルボン(ニトラゼパム)
→ 一部の観察研究でリスク増加が示されましたが、因果関係は未確定。短期的に正しく使えば有効です。
🟩 非ベンゾジアゼピン系(Z-drug)
代表例:マイスリー(ゾルピデム)、アモバン(ゾピクロン)、ルネスタ(エスゾピクロン)
→ 不眠に対する効果は高いとされています。ただし「Z-drugを長期間使うと認知症リスクが上がるのか?」という点については、研究によって結果が違います。ある研究では「関連がある」とされ、別の研究では「関係は見られなかった」と報告されています。つまり、認知症リスクに関しては、まだはっきりとした結論は出ていません。
🟥 抗コリン作用を持つ薬
代表例:ドリエル(ジフェンヒドラミン)、レスタミンコーワ(ジフェンヒドラミン)、トリプタノール(アミトリプチリン)
→ 高齢者で認知機能低下と関連。市販薬の自己判断使用には注意。
🌙 オレキシン受容体拮抗薬(新しいタイプの薬)
代表例:ベルソムラ(スボレキサント)、デエビゴ(レンボレキサント)、クービビック(ダリドレキサント)、ボルノレキサント(大正製薬が発売予定、すでに製造販売承認済み)
→ 自然な眠りに近く、現時点で認知症リスク増加の証拠なし。アルツハイマー病関連たんぱく質を減らす可能性あり【Zhou 2023】。
🌍 海外の専門学会の考え方
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🇺🇸 米国睡眠医学会:不眠症はまず認知行動療法(CBT-I)を第一選択、薬は必要最小限
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🇪🇺 欧州睡眠研究学会:薬物療法は原則4週間以内
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🇬🇧 英国NICE:デジタルCBT-Iを推奨し、高齢者にはメラトニン徐放製剤も選択肢【NICE 2023】
👉 共通するのは「薬=危険ではなく、正しく最小限に使うことが大切」という点です。
🌱 まとめ
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「睡眠薬=認知症」は誤解
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ベンゾ系やZ-drugは長期連用を避ければ有効
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抗コリン作用を持つ薬は特に注意
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オレキシン受容体拮抗薬は新しい安全な選択肢
🏥 メッセージ
診療では、
🌿 生活習慣の見直しや認知行動療法(CBT-I)を重視
💊 薬が必要な場合も最小限に
📚 国際ガイドラインと科学的根拠に基づいた診療
を大切にしています。
患者さんの不安や疑問に丁寧に耳を傾け、誤解を一つずつ解きほぐすことを心がけています。
不安をあおる記事や見出しに振り回されず、正しい知識を持って安心して眠れるよう、一緒に考えていきましょう 🐑🌙
❓ Q&Aコーナー
🐑 Q1. 睡眠薬を飲んでいると必ず認知症になりますか?
👉 いいえ、なりません。研究では「関連があるかもしれない」とされたこともありますが、因果関係は証明されていません。薬が原因ではなく、不眠や不安そのものが影響している可能性もあります。
🌙 Q2. 安全に使える睡眠薬はありますか?
👉 はい。新しいタイプの「オレキシン受容体拮抗薬」(ベルソムラ、デエビゴ、クービビック、ボルノレキサントなど)は、自然な眠りに近い作用で、現時点で認知症リスクを増やす証拠はありません。
一方で、ベンゾジアゼピン系やZ-drug(マイスリー、アモバン、ルネスタなど)も短期間・最小限の使用であれば有効な選択肢になり得ます。
大切なのは「漫然と長期に続けないこと」と「医師の指導のもとで安全に使うこと」です。
🍵 Q3. 市販薬の睡眠改善薬はどうですか?
👉 ドリエルなど一部の市販薬は「抗コリン作用」が強く、高齢者では認知機能低下のリスクがあります。自己判断での長期使用は避けましょう。
🧸 Q4. 不眠症の治療は薬だけですか?
👉 いいえ。世界的に「不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)」が第一選択です。生活リズムや考え方を整えることで、薬に頼らず眠れるようになる方も多くいます。
💡 Q5. 日本と海外では治療の考え方に違いはありますか?
👉 はい、あります。海外(米国や欧州)では「まず生活改善や認知行動療法(CBT-I)」を基本とし、薬は必要最小限に使う方針が一般的です。
一方、日本ではまだ薬中心の治療が多いのが現状です。
当院では海外の最新ガイドラインや研究も参考にしながら、患者さん一人ひとりに合った治療法をご提案しています。
こうした「世界のスタンダードも踏まえた診療」を意識することで、安心して受診いただけると考えています。
🌸 Q6. すでに長く睡眠薬を飲んでいるのですが大丈夫ですか?
👉 すでに長期で服薬している方もたくさんいらっしゃいます。大切なのは「今の薬の量や種類がご自身に合っているかどうか」を定期的に確認することです。
急にやめる必要はありませんし、医師と相談しながら少しずつ減らしたり、新しい薬へ切り替えたりすることで安全に調整できます。
長く使っているからといってすぐに危険になるわけではありませんので、ご安心ください。
🌟 Q7. 睡眠薬をやめたいときはどうすればいいですか?
👉 やめるときの基本は「少しずつ減らす」ことです。
具体的には:
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急に中止しない(リバウンド不眠を防ぐため)
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量を少しずつ減らす(半錠にする、隔日にするなど)
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薬の種類を切り替えることも検討(依存性の少ない薬や新しいタイプの薬に)
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並行して生活改善やCBT-Iを取り入れる(薬以外の眠りの土台を作る)
診療では、患者さんと相談しながら「やめたい気持ち」を尊重し、安全に減薬できるステップを一緒に計画していきます。
📚 参考文献
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Zhong G, et al. Association between Benzodiazepine Use and Dementia: A Meta-Analysis. PLoS ONE. 2015.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0127836 -
Imfeld P, et al. Benzodiazepine Use and Risk of Developing Alzheimer’s Disease or Vascular Dementia. J Clin Psychiatry. 2015.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26123874/ -
Guo F, et al. Association Between Z Drugs Use and Risk of Cognitive Impairment in Middle-aged and Older Patients With Chronic Insomnia. Front Hum Neurosci. 2021;15:775144.
PubMed|フルテキスト(PMC) -
Gray SL, et al. Cumulative use of strong anticholinergics and incident dementia. JAMA Intern Med. 2015.
https://doi.org/10.1001/jamainternmed.2014.7663 -
Zhou M, et al. Effect of Dual Orexin Receptor Antagonist on Alzheimer’s biomarkers. Front Neurol. 2023.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9929354/ -
Sateia MJ, et al. Clinical practice guideline for the pharmacologic treatment of chronic insomnia in adults. J Clin Sleep Med. 2017.
https://doi.org/10.5664/jcsm.6470 -
Riemann D, et al. European guideline for the diagnosis and treatment of insomnia. J Sleep Res. 2017; update 2023.
https://doi.org/10.1111/jsr.12594 -
NICE. Daridorexant for treating insomnia (TA922). 2023.
https://www.nice.org.uk/guidance/ta922